日記

集中ができない

お盆休みでコワーキングスペースが使えないから公共施設で作業をしたら恐ろしいほど集中できなかったので書き出し。

公共施設で作業

普段はコワーキングスペースで作業をしているんだけど、お盆休み期間はお休みということで公共施設の個室を予約して、そこで作業をしてみた。そしたら全く集中できなかった。普段はコワーキングスペースで人の目がある中、スタンディングデスクで立って作業をしていたりするんだけど、個室には人の目は当然ないし、スタンディングデスクも無いから座って作業をした。すると、ネットサーフィンやyoutubeを見始めてしまい全く集中できなくて困った。

集中できない理由

なぜ、集中できないかを考えると「緊張感」がないから集中できないのだと思う。人の目があると緊張するし、立って作業をすると体が緊張する。それらはネットサーフィンやyoutubeを見ることを抑制したりする。例えるなら、会社では仕事に集中できるけど、自宅でリモートワークするとサボってしまう的な感じが近い。集中するためには「緊張感」が必要だと考えると、人の目がないし座って作業をするというリラックスできる環境である個室で集中できないのも当然なんだと思う。

緊張感が必要な理由

では、なぜ「緊張感」が必要なのか?それは、何か行動をするには理由が必要だからなんだと思う。例えば、眠いから寝るし、お腹が空いたから飯を食べる…という具合に、何か行動をするためには理由が必要。そして、目の前の作業に集中するためには「緊張感」という理由が必要なんだと思う。なので、テスト前や納期が迫っていると集中しやすい。なぜなら「緊張感」があるから。そして、今の僕は納期に追われていないし、個室のため「緊張感」が無い。だから、緊張できない。

なので、1つ試した。個室にはちょうどいい高さのロッカーがあったので、そのロッカーの上にパソコンを乗せて立って作業をしてみたらいつも通り集中することができた。だから、「緊張感」は集中という行動を取る上で必須なんだと思う。

焦りがあるから集中しやすい

緊張感(理由)があれば集中できるのは分かったが、少し腑に落ちない。と言うのも、少し前に僕はスタンディングデスクを買い、自室に「緊張感(立って作業する環境)」を用意している。にもかかわらず僕は外に出て作業をする。それは、外の方が作業に集中できるからで、「緊張感」だけが必要であれば自宅で作業をすれば良くて、わざわざ外に出て作業をする必要がない。なぜなのか?

何故かを考えると、「焦り」を使っているんだと思う。コワーキングスペースや公共施設など外の環境には営業時間があり、その時間内に作業をしないといけないという「制限時間」がある。その「制限時間」内に作業をしないといけない「焦り」も目の前の作業に集中するための理由として使っている気がする。もちろん「緊張感」だけでも十分な集中はできるが、より効率的に目の前に集中しようと思うと、自宅より「焦り」がある外の環境の方が集中しやすいから外に出て作業をすると考えると納得。

面白いから集中できる、面白くないから集中できない

という具合に「緊張感」と「焦り」があると集中しやすい。けど、ゲームをする時にはそれら理由を使わずに集中できる。それは「面白い」から集中できるんだと思う。ゲームは誰にでもできるように設計されていて、現実と違い思い通りになるため面白い。だから、何時間も集中してプレイができると考えると腑に落ちる。

だとすると、僕が行っている目の前の作業は「面白くない」ということになる。むしろ「面白くない」から「集中しない」という行動を行っているわけで、「緊張感」や「焦り」は「面白くない」モノに集中する時に使っているような気がする。なぜ面白くないと集中しづらいのか?

面白くないモノに集中しづらい理由

面白くないモノに集中がしづらいのは、面白くないモノがストレスを感じさせるからなんだと思う。勉強や仕事は面白くない。なぜなら、上手く行かず思い通りにならない事が多いいから。また、それに集中するというのはストレスに集中するということだから耐えられない。じゃあ、どうすればそれらストレスと向き合うことができるのか?それはより強いストレスを自分自身に与える事なんだと思う。例えば、勉強で悪い点数を取ったら怒られる、仕事でミスをしたら怒られる。それはストレス。だから、怒られないように集中する。「緊張感」や「焦り」は強いストレスで、それらを使って僕は目の前のストレスを感じる作業に集中させている。だとすると、人の目がない個室で座って作業をするというリラックス状態だと集中できないことも説明がつくように思う。だって、ストレスである「緊張感」や「焦り」が無いのだから。

追い込み漁

ふと思ったが、面白くないモノに集中させる方法は、追い込み漁みたいだと思った。獲物を囲って逃げ場を無くし捕獲するように、面白くないモノに集中させる方法も、ストレスで囲って逃げ場を無くし追い詰めるわけで、それは追い込み漁。ただ、追い込み先は目の前のパソコンだが、パソコンに追い込むだけだとネットサーフィンやyoutubeを見始めるから、立って作業をするなど物理的なストレスをかけて集中する先をコントロールしていたりするのかもしれない(なぜか、立ちながら作業をするとネットサーフィンやyoutubeを見ようとは思わない)。

逆に、ネットサーフィンやyoutubeやゲームなど面白いモノに関しては、箱罠とか括り罠のように餌を置いて捕獲するやり方で、僕はまんまと引っかかっていると言えるんだと思う。そして、それに捕まったら中々抜け出せず、時間(命)を奪われていると言えるのかなぁって思う。

とりあえず、自分自身を面白くないモノに集中させたい時、追い込み漁のように自分自身を誘導する必要がある。なので、自宅や個室や納期が無いなど、ストレスが無い環境で集中するのは中々難しい。如何にストレスを作って自分自身を追い込むかが大事という事なんだと思う。

まとめ

集中しづらい時、それは「面白くない」モノに集中しようとしている時で、ストレスを感じるから集中できない。それに集中するためには「緊張感」「焦り」などより強いストレスを用意して、追い込み漁のように集中したいモノに自身を追い込むことが大事。

これは、言い換えるとストレスから逃れることはできないということなのかなぁって思う。全知全能で神様みたいな人間がいれば、ストレス無しに生活できるだろうけど、多くの人生では「面白くない」モノと向き合う必要があって、それを解決しようと集中する時、より強いストレスを使って向き合う必要があるわけだから、ストレス無しに生きるのは不可能なんだと思った。

おまけ:正しいストレスへの向き合い方

ストレスを全く感じずに生きることは不可能だと思うんだけど、可能な限り回避して生きることはできるんじゃないかって思う。というのも、ストレスって唐突に感じるモノではなくて、思い通りにならず緊張状態が続くことで表に現れるモノだから、ストレスが表に現れる前に辞めればストレス感じないんじゃないかって話。例えば、苦手な勉強を10分程度であれば耐えられるが1時間は耐えられないのであれば、10分で切り上げればストレスは感じない。それを、毎日10分やっていればどこかで苦手意識は無くなる。そういう感じで、ストレスを感じる前に切り上げれば少ないストレスで生きることができるんじゃないかって話。

で、僕は日記の翻訳を毎日30分~1時間程度やっているんだけど、1時間程度がやっぱり限界って感じるんだよね。だって、外国語苦手だし、よく分かんねぇし。これを毎週土日は8時間やるってなるとストレスで続かない感じがある。また、僕は漫画を描くのが嫌いでストレスなんだけど、毎日3時間程度であればギリ向き合うことができるっぽい。いや、若干足が出ててストレスフルなんだけど、週末に丸一日やるってなったら週末が来て欲しくないって思うと思う(笑)。そんな感じで、毎日コツコツとやることが正しいストレスへの向き合い方なのかなぁって思った。

終わりに

今回の日記は、お盆休み中に思いついたんだけど、まとめるのに2週間近くかかったわ。これも、毎日コツコツとやってきた結果で、これを丸一日使ってまとめるってなると無理だと思う。文章書くの苦手だし。なので、日記も上に書いたやり方で正しいストレスへの向き合い方をしているのかもね。

で、まとめるのに時間がかかった理由としては、なんか色々とごっちゃになってて切り分けるのが大変だった。「集中できない」「面倒くさい」「やりたくない」って感じの目の前に集中する障害がごちゃごちゃしてたので、その辺を切り分けてたら時間がかかった。でも、集中できない理由が諸々分かったので大きな気づきだったからやって良かったね。全部を1つの日記にするのは難しかったから「集中できない理由」としてタグ付けしておく。

とりま、このシリーズが書き終わったら、目の前に集中できないことは無くなるから今まで以上に快適に作業ができるんじゃないかって思う。

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