現実逃避という脱線
日記の翻訳をしていると、途中で脱線して考えごととかネットサーフィンしてたりすることがある
なんでなのか気になったので書き出し
翻訳作業がストレスだから
前に、ストレス発散は現実逃避だって書いたんだけど
日記の翻訳作業中に脱線して他のことをしだすのも、翻訳作業がストレスでストレス発散のために現実逃避をしているってことなんだと思う
短い時間でのストレス
ただ、30分~1時間程度の作業でストレス発散のための現実逃避を行うか?って疑問がある
仕事や受験などの長期間緊張状態でストレスになるというのは腑に落ちるんだけど、この短い時間でストレスになるのは考えにくい
疲れてる=緊張
で、考えてみたんだけど、疲労によって作業中に脱線する(ストレス発散のため現実逃避)って考えると納得かも
僕って普段週1休みで、今週の月曜日は疲れが取れてない感じがあった
疲労という緊張状態が続き、ストレスが溜まっていて、それが翻訳作業のちょっとしたストレスによって併発した
って考えると腑に落ちるかな
だから、短い時間でのストレスに対して脱線したんじゃなくて
長い疲労が続いたストレスによる現実逃避だったってこと
要するに、休めって話しだな
趣味より仕事の方が楽
ただ、疲れているって自覚があるにも関わらず仕事には全く影響がないんだよね
翻訳作業や日記を書いている時は作業中に脱線することが多いいんだけど、仕事で脱線することはない
たぶん、仕事は僕の既知の範囲内で完結するけど、趣味の翻訳や日記は既知の範囲外の物事だからなんだと思う
英語とか文章まとめるのってやってみないとわからない部分多いいし…
要するに、慣れた仕事と慣れない趣味って差があって、仕事の方が考えなくて済む、頭を使わずに作業ができて楽ということが関係しているんだと思う
しかし、仕事より趣味の方がしんどいわ笑う
本当に嫌いなことばっかやってると感覚が狂うんだなぁって思った
終わり
とりあえず、休めってことなんで
いつもより早く帰って早く寝てみた
次の日、脱線する頻度は減った感覚があるかも
でも、完全に疲労が抜けず気だるい感覚があった
休むにしても、「次の日は休み」か「次の日も仕事」だと精神的な面で完全には休まらないのかもしれないわ
「次の日は休み」と考えての寝て起きる日曜日はスッキリしてるもんなぁ
そう考えると定休ってのは精神面と身体面両方休む上で重要なんかもしれん
後で、どうやったら平日に休日並みに休めるか?について考えるかも