日記

ストレスはシグナル

ストレスって休む合図なんじゃね?って思ったので書き出し。

ストレスを言語化した後

少し前にストレスって邪魔だよねってことで以下のように言語化した。

ストレスは「思い通りにならない」「上手くいかない」と感じた時に感じる。それはエネルギーをセーブするため。
例えば、ウサギを捕まえようと無策に追いかけ回しても捕まらない。もし、ストレスを感じないとエネルギーを使い果たす(餓死する)まで追いかけ回してしまう。だから、それを途中で辞めるためにストレスがある。ストレスはエネルギーセーブ機能でありブレーキである。
それと同時に、ストレスを感じると人はそれを思考のテーブルに上げることができる。「どうすればウサギを捕まえれるのか?」「そうだ罠を作ろう!」という具合に改善策を編み出すことができる。人間の歴史は発明の歴史。不便(思い通りにならない、上手くいかない)というストレスがあったからそれを改善しようと考え便利な現代がある。という具合に、ストレスはエネルギーをセーブするためのブレーキであり、ストレス(問題)への対処方法を考えエネルギーを効率的に運用するために必要な生存機能。だから必要。

って言語化してからストレスを感じづらくなったんだけど、同時に休むきっかけを失った。

今まではストレスがある程度溜まったら休むようにしてた。けど、そのストレスを認識し辛くなったことで休む理由が無くなったのと、作業をすればするほど目的地に近づくから「作業をした方が得」ということで休むに休めなくなった。

メンタル疲労

ストレスを感じづらくなったことで作業の邪魔となるブレーキが無くなり快適に作業ができる反面、メンタル疲労が溜まり続け「溜まっているわ」って認識できるまでになった。

メンタル疲労は何かを意識し続けることで緊張状態になり、その状態が続くことで溜まる疲労。近い例で言えば週末の疲労や試験や納期が迫っていると溜まる疲労。そして、メンタル疲労が溜まるイライラしやすくなる。なぜなら余裕がなくなるから。

けど、ストレスを言語化してしまったことで、本来溜まるはずのストレスが無く、ストレス発散という行動を取ることができず、メンタル疲労だけが溜まり続けた。そしたらガッツリメンタル疲労を認識できた。

それで思った。ストレスってのは休むって行動を取るための合図(シグナル)だったんだって。

終わりに

個人的に驚いた。ストレスって不要な存在だと思ってたからそれを無くせば日々が快適になると思ってたから。けど、ストレスを感じにくくしたことで「休めない」って弊害が出てくるとは思わなかった。

それにメンタル疲労が溜まるとストレスを感じやすくなって、ストレス発散という行動を取るわけだけど、同時にメンタル疲労も取れるっぽい。ストレス発散と同時にメンタル疲労も取れてしまうからメンタル疲労を認識する機会ってあまりないみたい。だからガッツリメンタル疲労を認識できて面白かった。

なんか自問自答していると人間の本能と向き合う機会が多いいんだけど、その度に人間って良くできているんだなぁって感じる。不要だと感じる機能にもちゃんと理由があるんだなぁって思った。

一応、今年最後の日記なので今年一年を総括すると、今年は疲労関係をだいぶ言語化した年だった。端的に言えば自分を追い込み過ぎた年だった。ただ、おかげで疲労関係は大体対処できるようにはなったかなぁ。この先一生使えるスキルだし、今言語化できて良かったかもしれない。まぁ、そのおかげで色々と体の方にダメージが蓄積して大変だし、別に言語化しなくてもストレス発散で回復するからしてもしなくても変わらなかったかもしらん。でも、知っているのと知らないのでは違うよなぁー、そういう意味では良かったかもって感じ。中々面白い一年だった。

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