勝手に落ち込む
ふと、傷つける意思はないって伝えても、人間は勝手に傷つく気がしたので書き出し。
傷つきたいから傷つく性質
人間には「傷つきたいから傷つく」という性質があるのではないかって思った。
例えば、「明らかに仕事ができない」「ブサイクである」といった事実を、「傷つける意図はありません」と前置きをし伝えたとしても言われた相手は傷つく。
それはその人にとって良くない状況を打破するためや、改善を促すために善意で伝えたとしても、結果として相手は傷つく。
どんなに配慮しても傷つく気がしていて、それは人間が無意識に「傷つこうとしている」からではないかと考えた。
なぜ傷つくのか?
根本的な理由は、人間が集団生活をする生き物だからな気がする。
「仕事ができない」「ブサイク」という評価は、集団内での立ち位置を下げ、集団から追い出される候補になることを意味する。かつて集団からの追放は死を意味したため、否定されることに対して生存本能が強烈なショック(傷つき)を引き起こす。
現代の日本では死ぬことはないが、本能がそう反応してしまうのだと思う。
傷つくことのメリット
また、積極的に傷つこうとする側面もある。
1つ、「自己防衛と集団形成」…傷つくことで周囲の同情を誘い、優しくしてもらう(自分を中心とした集団を作る)ことができる。
2つ、「優先度を上げる」…「ハゲている」「ブサイク」と言われて傷つくことで、その問題に向き合う優先度を強制的に上げることができる。
物理的に弱い存在が身を守るため、あるいは問題解決に向かわせるために、本能が「傷つく」という反応を選んでいるという面はあるように思う。
過去の失敗を勝手に落ち込む機能
さらに、過去の失敗を思い出して勝手に落ち込む現象についても考えてみた。
学生時代の文化祭(後夜祭)での失敗を、大人になった今でも思い出して恥ずかしくなることがある。
今の生活には何の影響もないのに、なぜ定期的に思い出して落ち込むのか?
認識のズレと修正
深掘りした結果、当時の自分が成功だと思っていたことが、周りの人からする失敗だったという認識のズレが原因だと気づいた。
集団に所属し続けるためには、この「ズレ」を認識し続ける必要がある。
「お前の認識は集団とズレているぞ、気をつけろ」と本能が警告するために、定期的にその記憶を呼び起こし、落ち込ませていると考えると腑に落ちる。
疲れている時の発動
この現象は、疲れている時や暇な時に起きやすい。
普段は理性が抑え込んでいるが、元気がなくなると抑えがきかなくなり、本能的な警告(落ち込み)が表面化するのだろう。
終わりに
人間は「集団において正しくあろう」とする本能を持っている。
そのために、否定されれば傷ついて優先度を上げ、過去のズレを定期的に思い出しては落ち込み、修正しようとする。
勝手に傷ついたり落ち込んだりするのは、面倒な性格のせいではなく、集団の中で生き残ろうとする生存本能の働きなのだと納得がいった。
って感じである程度AIにまとめてもらったんだけど、僕が書く時と比べて余計な情報は明らかに減っているんだよなぁ。読んでて思ったけど、僕は文章の繋がりを意識し過ぎて「それ」って指示代名詞を使って文章を繋げようとする面が大きい気がする。その派生で、前の文章で説明したものを再度説明し直したりして文量が増えている気がした。また、話を膨らませ過ぎっぽいわ。僕的には面白いと思った気づきがAIにとっては不要だって思われたみたいで、省かれてて笑った(ムカつくから下に書く)。文章のまとめ方としてはAIを使うと学びになるなぁって思った。
おまけ:現代における「傷つき」と反応の変化
現代では、「仕事ができない」「ブサイク」といった事実を指摘された時、それをバネに頑張るのではなく、ただただ落ち込んでしまう人が多い気がする。
たとえ相手に悪意がなく、改善のための指摘だったとしても、「そんなことを言う方が悪い!」と発言者を責める空気が強い。
性別による生存戦略の違い
「傷つく(泣く)」という行為には、立場によって異なる意味がある。
「子供や女性(庇護される側)」は、泣くことで周囲の同情や保護を集め、自分を守る集団を形成できる。これは生存戦略として有効だ。
一方、かつての「男性(強者)」にとって、泣くことは「ヤバい奴」と見なされるリスクだった。彼らにとって傷つくことのメリットは、「問題解決の優先度を上げ、行動に移す原動力にすること」くらいしかなかったはずだ。
「強者」でなくなった男性たち
男性が泣くことに違和感があるのは、男性=集団の「強者(守る側)」という前提があったからだろう。泣くのは弱者の防衛反応であり、強者が取るべき行動ではないからだ。
しかし現代では「弱者男性」という言葉があるように、かつての強者としての属性や責任を持たない男性が増えた。その結果、「なにくそ」と反骨精神(強者の反応)で行動することができず、ただただ落ち込む(弱者の反応)ようになってしまったのかもしれない。
「傷つくことを言うのは良くない」という昨今の風潮は、社会全体が「守られる側(弱者)」の理屈で統一された結果とも言える。
傷つきを行動に変えること。それは、もはや強者だけに許された特権なのかもしれない。
AIに省かれたからAIにまとめてもらったんだけど、なんか繋がりが悪い気がする。言語化しきれていない部分があって論理が飛躍している感じがあるわ。それになんか思想が強そう(そんなつもりはない)。まぁ、そんなに重要なことではないからこれでリリースすっかなぁ。こういう清書作業に時間を割かなくて済むようになったのはAIを使うメリットかもしれない。それに僕の頭の中では整理ができたからリリースだ、リリース。