日記

初めての強烈な立ち眩み

ネカフェで3時間ほどぶっ通しで集中して作業をし、キリが良いタイミングでドリンクバーに向かったら、これまでにないほどガッツリとした立ち眩みに襲われた。
非常に面白い経験だったので書き出しておく。

視覚と認識のズレ

立ち眩みのせいで、ドリンクバーのボタンが「まったく認識できない」状態になった。
カフェオレかカフェラテを入れようとしたのだが、文字は見えているのに、それが頭の中のイメージと結びつかない。辛うじて「カプチーノ」という文字だけ認識できたので注ごうとしたが、今度は肝心のボタンが視覚でも認識できず、カプチーノの絵そのものを押してしまって一人で笑ってしまった。たまに絵の部分が立体的になっていてボタンと一体化している機種があるため、無意識にそのイメージで押してしまったのだと思う。

UIデザインへの気づき

カップを2つ持っており、ソフトドリンクのサーバーはボタンが上下に配置されていて直感的にわかりやすかったため、立ち眩みの中でも先にそちらを注ぐことができた。横にボタンがついているコーヒーマシンの方は、立ち眩みが収まってからようやく注げた。
この経験から、ドリンクバーのように上から下に液体が流れるものは、無意識のうちに「上下のボタン配置」の方が認識しやすいのだろうと気づいた。

認知症の疑似体験?

座りっぱなしで作業をしているとこういうことが起きるのだと、とても興味深い経験だった。
同時に、「認知症」というのはこういう感覚なのだろうかとも思った。目で見えているモノと、頭の中にあるイメージが一致しないという感覚だ。もしこれが日常だとしたら、生活していくのは本当に無理だと思った。事実、ソフトドリンクは辛うじてどうにかなったが、コーヒーマシンの構造はマジで認識できなかったからだ。

終わりに

立ち眩みという一瞬を切り取って、認知症と紐づけて言語化できるのは面白い。実際の認知症の症状はよくわからないが、患者側からは今回感じたような見え方をしているのではないかと思う。
興味深かったのは、ボタンを認識できなくて頭を抱えたり、「ドリンクバーの前で頭を抱えるのは恥ずかしい」と感じたりする一般的な感性は正常に働いていたことだ。視覚情報の認識という、一部の機能だけが麻痺していた。
もし後ろに人が並んでいたら、うまく退ける自信はなく、寄りかかってしまっていたかもしれない。ちょうど二人組の女性が来ていたので、寄りかかって警察を呼ばれ、冤罪でしょっ引かれていたかもしれない、とまで妄想が膨らんだ。

うん、上手く要約してくれてるわ。取れたほやほやなんだけど、なんかまとまらないからAI通した。
普段立って作業をするし、その場から動かないから立ち眩みをガッツリ認識することってないんだよね。だから、新鮮だったわ。仕事しないといけないんだけど、日記書くのが楽しいと感じるというか簡単って感じるからそっちに流されがち。いっそのこと明日もネカフェ作業しようかなぁ。漫画や仕事のせいで言語化の時間が足りないんだよね。ちょうど放送大学の授業もないし、こうやって作業をするのがそんなに億劫に感じないからアリよりのアリ。

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