ゲーム途中でやめられない問題
夜中のゲーム途中でやめられない問題についての書き出し。
ゲームを途中でやめられない原因
少し前に夜中にゲームをしてしまう現象が気になり、その現象について調べるために新しいゲーム(太閤立志伝)を買った。
しかし、買ったはいいが途中で辞める事ができず、朝方までやってしまう。一度辞めれたとしても気付くと再開しており、集中が切れるタイミングはあっても、すぐにその切れ目が結びつき直してしまう感覚があった。
この原因は「自宅というリラックス空間」にあると思う。
自宅はリラックスしやすく、ゲームのようなリラックスしてできるモノと相性が良い。逆に、勉強や仕事みたいな緊張して作業をする必要があるものとは相性が悪い。そういう環境による行動のしやすさが、ゲームを途中でやめられない原因になっている。
「睡眠」と「集中」の関係
ゲームを辞められず朝方までし続け、「早く寝ればよかった」と後悔することが多い。環境との相性を考えれば、睡眠はリラックス側のカテゴリーでありゲームと同じカテゴリーに属するはずだが、それでも睡眠を選ばずゲームをし続ける。これは、睡眠がゲームと同じカテゴリーに属していないからだと思う。
社会人になると、仕事中に寝られないため、睡魔が襲って来ないよう、ミスをしないようにするために睡眠をとる。「仕事のための睡眠」になっており、睡眠が「業務の1つ」になっているのだと思う。
だから、社会人は眠るためにお酒に頼ったりする。
睡眠が仕事の一環になっており、リラックスして行うものではないから寝るという選択が取りづらく、後悔する結果になっているのだと思う。
ゲームをする理由と「余裕」
また、ゲームをするのは決まって「余裕」がある時。次の日に予定が入っているような余裕がない時にはゲームをしない。
無意識のように見えて、実は予定に合わせてゲームをし続け、途中で切り上げている。無意識ではなく、意識してゲームをするという選択をしている。
ゲームを途中で辞められない根本原因
ゲームを自分の意思で、意識し選択をしているのはわかった。では、なぜゲームをしてしまうのか?
それは、リラックス状態で行う行動がゲーム以外にないからかもしれない。
推測にはなるが、人は緊張する空間に居続けたら、同じくらいリラックスできる空間に居続ける必要があるんじゃないかと思う。そして、それら空間で行う暇つぶしが仕事や勉強、ゲームなんだと思う。
根本的な問題は、自宅というリラックス空間で「ゲーム以外の選択肢(熱中・没頭できるもの)がない」こと。
もし睡眠がゲームと同じカテゴリーなら暇になったら眠るという行動が取れるが、睡眠はリラックスして行うものではなく一日を終わらせるために仕方なく行う業務。
平日全力で作業に熱中、没頭する都合上、休日にも全力でリラックスできる「何か(暇つぶし)」が必要であり、その手段が現状ゲームしかないことが根本的な問題なのだと思う。
ゲームを辞める方法
ゲーム以外のリラックスの選択肢がないからゲームをしてしまうが、継続力を削ぐことはできる。
例えば、翌日に仕事の打ち合わせや約束が入っていれば、寝坊できないためゲームを途中で辞めさせることができる。
もしくは、絵や漫画をリラックスして描けるようにすること。これができれば、疲労やストレスの原因も減らせ、ゲームをしなくても済むため理想的だが、今のところ現実的ではない。
イメージとしては綱引きの人数を調整するようなものだ。ゲームをする側としない側が存在し、基本的にはゲームをする側の方が人数が多い。だから、予定を入れることでしない側の人数を増やしたり、する側の人数を減らしたりと調整をする必要がある。
人間は理由がなければ行動をしない生き物で、ゲームをする理由はあってもしない理由はなければ楽な方を選ぶようにできている。だから、綱引きの人数を調整して、勝たせたい側が有利になるようにコントロールできればゲームを辞める事が出来るのだと思う。
ゲームを辞められた理由
太閤立志伝は買ってから1週間はゲームを途中で辞められなかった。上の例に当てはめると、ゲームをする理由側が強く、ゲームをしない理由が弱かったから。
しかし、1週間経つと「早く寝ておけばよかった」という後悔が溜まり、ゲームをしない理由が強くなった。また、ある程度プレイして飽きたことによってゲームをする理由が弱くなり、途中で辞めることに成功した。
どうすればゲームをしなくて済むのだろうかと考えて買った太閤立志伝だったが、それ自体はゲームをする理由を強くする行為であり、火に油を注いでいたよう。しかし、そのおかげでこうして言語化し、ゲームを辞めることに成功したのだから、あの1週間は無駄ではなかったのだと思う。
終わりに
ゲームをするしないを綱引きという形で言語化できたのは大きい。夜中にゲームを始めたら「ゲームをしない理由が弱い」とイメージできるから、勝たせたい側の人数を足したりとコントロールができるようになる。端的に言えば、理性と本能の綱引きなのだと思う。
「こうしたい」という理性と「楽をしたい」「楽しいことをしたい」という本能の綱引き。
しかも、その綱引きにはホーム&アウェイの概念がある。コワーキングスペースのような環境であれば本能より理性が強いし、自宅のような環境であれば理性より本能が強い。理性にとってアウェイである自宅という環境で、理性の勝率をどのように上げるかが今後の課題なんだと思う。
んーAI使っても上手くまとまらんわ。たぶん、複数のテーマが混じっているわ。
とりあえず、言いたいことは書き出したし、リリースでいっかなぁ。
あと、夜中のゲームぶり返してて笑う。別の日記でまとめる予定。キリねぇなぁ…。