頭の元気とメンタル疲労の違い
メンタルは疲れているのに頭の方は元気だったりすることがあったりして気になったので書き出し。
睡眠の質が担保する「頭の元気」
ここ最近、メンタルの方が明確に疲れているんだけど、作業を始めると頭は元気だったりすることが多い。なんでかって考えると、睡眠時間なのかなぁって思う。メンタルが疲れているから「寝れば治るんじゃね?」って睡眠時間を多くとっているから、頭の方は元気って感じ(メンタルは回復しない)。
そう思ってたんだけど、なんか睡眠時間が少ないのに頭は元気という現象が発生した。なんでかって考えると、睡眠の質が上がったからなんじゃないかって思う。ここ最近、首と頭の付け根部分が枕で圧迫されると違和感を感じ熟睡できないって感じで睡眠の質が下がってた。ストレッチなどで対処し睡眠の質が改善したから、睡眠時間が少ないけど元気という現象が発生したのかなぁって思う。
なので、頭の方は睡眠時間または睡眠の質を担保できれば元気って事みたい。
メンタル疲労の正体と「天秤」
頭の方は睡眠で何とかなるってわかった。じゃあ、メンタルの疲労はなんなのか?
この辺は前に言語化している。メンタル疲労は緊張状態が続けば溜まり、リラックス状態が続くことで回復するって感じ。天秤のような関係性で、今の状態は緊張状態が長期間続いて天秤が緊張側に傾き過ぎているって状態だから、リラックス側に重きを置いて釣り合いを取れば回復する。
ただ、緊張状態の方に傾けばメンタル疲労って感じで分かりやすく症状出るんだけど、リラックスの方に傾き過ぎても何か目に見える症状が発症する気がしないんだよなぁ。出るとしたら平和ボケって症状か?緊張という危機感が薄れることで、不注意で死ぬとか詐欺に遭うみたいな症状とかは出る気がする。そう考えると、傾き過ぎても駄目なのかもしれない。
人の目と集中力、そしてデメリット
話は戻って、今回の「メンタルは疲れているけど頭の方は元気」って現象が気になったのはなんでだ?
普段、外で作業をしているんだけど、どんなにメンタルが疲れていても行けばきちんと集中して作業ができたせいで、緊張状態が続き過ぎて天秤がすっげぇ傾いた。すっげぇ傾いてるのに普通に作業が出来てなんで?って感じたからかな?なんかデメリットというデメリットが無いように感じたから書き出した。
とは言え、デメリットっぽいのもある。メンタルが疲れていると元気な時と比べて、集中力の持続力は落ちる感じがある。そのことから、メンタル疲労は集中力に影響を与えるって考えられるわけだけど、メンタルが元気でも集中力が持続しないってことは結構あるんだよね。例えば、やることないとか暇な時とかは集中力が持続しない。テスト期間とか納期が迫ってたら集中できるけど、それ以外は集中できないって感じ。だから、メンタル疲労が集中力に影響を与えるか?って考えると微妙。
けど、人の目の有無で差は明確に出るなぁ。コワーキングスペースのような人の目がある環境で作業をするとメンタル疲労による影響は感じにくいけど、メンタル疲労が溜まった状態で自宅や個室で作業をするとモロに影響が出る。具体的には、自宅や個室など人の目が無い環境だとダラダラ作業をしたり、休憩時間が発生する。そもそも疲れているんだから当然っちゃ当然。
そう考えると、人の目があるとメンタル疲労を無視して行動できるってことか?実際、出来てるもんなぁ(ガチで駄目な時は休む)。そして、多少質は落ちるが普通に作業ができる。デメリットというデメリットがない気がする。強いて言えば、無理をしているから体のあちこちに物理的な異常が発生するとか?でも、ストレッチとかで1つずつ潰したら改善したもんなぁ。それらデメリットに関しても認識して対処すれば無いもんだよなぁ。そう考えるとデメリットないかもなぁ。
ただ、漫画の作業は個室で作業をするため、漫画の方の作業効率が下がるって現象は発生する。言語化を優先する時は人の目がある環境で作業をするから天秤がいくら傾こうと関係ないが、漫画の作業や自宅で作業をする時には休憩やダラダラする時間が増えるからデメリットが発生するって話なんだと思う。
「意識して休む」ことの難しさ
それに駄目な時はマジで駄目だって感じるもんなぁ。以前、マジでメンタル疲労が溜まり過ぎて、心が限界って感じたことがある。その時は睡眠時間をいくら確保しても駄目だったから、丸々一日休みにした。そしたら回復した。他にも外で作業をしていて早めに帰って自宅でリラックスするみたいな対応を取ると回復するって感じで、「意識してリラックスする」って行動を選択すると回復する感じがあった。なんというか「休んだぞ!」って認識する必要があるって感じ。「休んだんだから、元気になるぞ!」って感じで元気になる感じがあるから、「意識して休む」ことがメンタル疲労を取る上で重要っぽい。
ってか、「無意識に休む」とか「無意識にリラックスする」とかってあるんか?メンタル疲労って社会生活をしてたら勝手に溜まっているって感じで、「生きているだけで自然と疲れる」気がする。もしかして、「休む」は意識しないと取れない行動なのかもしれない。会社とかでも自分が休むことで自分の仕事を他の人が肩代わりして迷惑をかけるって感じで、全く意識せずに「休む」の難しい気がする。大小あれども生きている限り何かしらの集団に属しているわけで、その集団活動を「休む」ってのは思っている以上に難しいことなんじゃないか?って思った。
なので、常時メンタルは疲れ続けて、土日祝日などの休みの日など休みやすい日にしか基本休まらないものなのかもしれない。
人間社会の複雑さとメンタル疲労
人間以外の動物ってメンタル疲労あるんかなぁ?あーでも、社会を形成する系の生き物はメンタル疲労あるか。群れから仲間外れにされて落ち込んで衰弱するみたいな映像みたことあるし。実家で犬飼ってて、弟が毎日一緒に寝てたんだけど、弟が犬アレルギーになって部屋から追い出したら凄い落ち込んでたらしい。そういう仲間外れにされないように無意識のうちに気を張る(緊張感)を持って生活しているせいで、自然とメンタル疲労が溜まるって考えると納得だわ。なので、人間以外の動物も同じようにメンタル疲労はあって疲れるんだと思う。
違いがあるとしたら、人間社会は複雑過ぎるってことかもなぁ。家族や友人や会社や地域って感じで色々な集団に属していて、全てで大なり小なり気を張っている。僕も自宅で両親を起こさないようになど気を遣って生活しているもんなぁ。自宅ではリラックスの方が強いけど、緊張感(弱)を持って生活をしているって話。
だから、コンテナハウスを利用するとか考えるのか。メンタル疲労が溜まった時に旅行とか自宅以外で寝泊まりを考えるけど、自宅には緊張(弱)があるので、完全にリラックスしきれない。なので、そういう完全にリラックスできる環境に行こうとする。育児疲れのお母さんが自宅ではなく、どこか別の所に育児休暇で行くのもそういう事なんだろうね。
村々はリラックスのバロメーター
ちょっと気になったんだけど、リラックスしていると村々するって現象が発生する気がする。逆にメンタル疲労が溜まっていると性欲が落ちて、リラックスすると性欲が上がるって感じ。なんか性欲がメンタルのバロメーターみたいな役割を担っているみたいな側面はある気がした。
まぁ、緊張状態って生存本能的には危険が迫っているって状態なわけで、下半身じゃなくて頭の方に血液を回すべきだよなぁ。生命の危機に村々して下半身の血流良くするとか意味わからんもんなぁ。だから、リラックスしてる時は頭じゃなくて下半身に血液回るのも当然か。
そう考えると、リラックスしていると頭回んないんじゃないか?って思うが、抜刀すれば収まるか。なんか、村々しているかどうかがリラックスしているかどうか、上手く休めているかどうかの判断基準として使えるのかもしれないわ。実際、社畜って性欲薄いけど、著名人みたいに余裕がある輩は性欲強いイメージ。それで結構ヘマしてニュースになっているし。だから、村々しているかどうかでメンタルの状態を確認することはできるんじゃないかって思った。
村々を求める合理性と対症療法
村々を使ってメンタルの状態を確認できるのは間違いなさそうかな。10代20代って村々お祭り騒ぎで、年齢と共に徐々に村々過疎化するってイメージだし。
あーでも、これは結婚とかのせいかもなぁ。年取れば劣化するもんなぁ。そりゃ村々できんわ。だから、不倫って形で新たな村々を求めるのか。そう考えると、不倫って合理的なんだろうな。常に新しい村々を求めることで、最大効率のリラックス効果を求めるって話。「リラックス=村々」で、より良い村々をすれば、より良いメンタル回復効果を得られるんだから正しいわ。
なので、村々はリラックスしているってことなので、彼氏彼女を作り、新しい彼氏彼女を作り続けるサイクルを回すことでメンタルを常に最善の状態にすることができるってことかもしれない。
じゃあ、僕も彼女を作ればいいじゃんって答えに行き着くんだけど、明確なデメリットがある。単純に「逃げる」口実になるんだよなぁ。人間って子孫を残すために生まれているから、そういう村々のイチャイチャって本能的に正しい。何か嫌なことや不安があればすぐにそちらに逃げやすい、そしてそれは大義名分があるから正しいって感じで、何か目的を持って行動をする際の邪魔になるって感じ。
この辺は何度も自問自答している感じ間違いなさそうだから、そこに手を出したら終わるので出しちゃ駄目って感じ。それに、結局のところメンタルが疲れている原因ってのがあるので、その根本的な原因を潰すのが治療方法で、彼氏彼女は対処療法だから、ちゃんと治療した方がいいってのが僕の見解。
メンタル疲労による「集中力の質」への影響
ちょい話は戻って、メンタル疲労による集中力の質は変わらないのかな?人の目がある環境であれば、ガッツリ集中ができるわけだけど、その際に集中力の質に違いがあるのかってのは気になる。というのも、メンタルが疲れているから「帰りたい」「疲れた」って感じるわけだけど、それらが集中力に影響を与えるのか?って話。
なんとなくだけど、エンジンのかかり具合に差はある気がするんだよなぁ。週明けだとかかりやすいけど、週末だとかかりにくいって感じ。最高速度に到達する時間に違いはありそうだけど、集中力の質に違いはあんまりなさそうって感じはある。
どっちかというと集中力の質は睡眠が関係してそうなんだよなぁ。
「睡眠の質が低かったから」「睡眠時間が短い」からって理由で、集中しづらいって感じ。「だから集中できないんだ」って理由になるって感じで思い込みが入っている気がする。
そう考えると、集中力の質は無いかもなぁ。思い込みで集中できない、しないって感じで差が生まれるくらいだと思う。
終わりに
とりあえず、ここまでの話をまとめると、頭の元気さは「睡眠時間」「睡眠の質」で担保できるが、メンタル疲労は「意識的にリラックス(休む)」しないと回復しない。そして人の目があればメンタル疲労を無視して作業できるものの、メンタルのバロメーターである「村々(リラックス状態)」をしっかり作って根本治療していく必要がある、といったところかな。メンタルは疲れているのに頭の方は元気だったりすることについては粗方書き出せたかなぁ。
けど、頭の方が元気なのは結構気になるなぁ。特に睡眠時間が短くても回るのが違和感。「睡眠時間が短いから集中できるわけない」って思い込みを認識できたとしても、こんなに回るのは違和感あるって感じ。なんでだろう?
変な話にはなるけど、頭の方がレベルアップ的な成長が起きたとすると腑に落ちるんだけど、そんなことがあり得るのか?ってのは気になる。というのも、僕ってどうにも頭が悪いっぽくて、何をするにしても一手処理が遅れるんだよね。その一手処理が遅れる部分が改善した的な成長あるとすれば、ちょっと腑に落ちる。もしくは、言語化するのに慣れたとかの成長なのかなぁって感じ。視覚的に見えないからなぁ、この辺は。ちょい、言語化がムズイ。
それに、たまたま説もあるんだよね。月に一度元気週間来たりするって感じで、やたらと元気になったりすることがある。それだとすると納得って感じで、経過観測は必要なのかなぁって感じ。
観測する感じ、リソース配分が関係していそうだわ。コワーキングスペースだと周りにリソースを割く僕がいるけど、ネカフェみたいな環境だと目の前だけにリソースを割けるって配分の違い。それは、コワーキングスペースだと話しかけてくるような人がいるけど、ネカフェは話しかけられることが100%無いって安心感によるリソース配分の違い。だから、環境による違いっぽいわ。
とりあえず以上。んーなんか、上手くまとまってないし、書きたいこと書いているからかしっくりこねぇ。本来ここからまとめ作業が入るんだけど、これまとめるのちょいきついしリリースかなぁ。ちょい失敗って感じ。たぶん、テーマがごっちゃになっているせいだと思う。最初のとっかかりがそもそも悪かったかも。副題が気になって途中から本題を書き出している感じ。反省やな。