成長とは
以前、「成長=自信がつくこと」なんじゃないかと考えたんだけど、成長という言葉のニュアンスが気になったので書き出してみる。
「3人称の成長」と「1人称の成長」の違い
日常生活における成長というと、子供や植物みたいに「見た目が変わる」使われ方をしているイメージがある。仕事でも、半人前が一人前になって信用がおけるようになると「成長したね」と感じる。第三者から見て、見た目が変わったり、良い方向に進んだり、思い描いた方向に進むのが「他人から見た成長(3人称の成長)」というイメージ。
こっちは分かりやすいんだけど、気になるのは「自分視点(1人称)での成長」の方。
最初に書いた「成長=自信がつくこと」というのは、1人称での成長のこと。3人称での成長と比べて、1人称の成長(個人が実感する成長)ってのは「成長しているようで、実は成長していないんじゃないか?」と思った。
レベルアップのない「1人称の成長」の現実
1人称の成長、個人の成長は、ゲームみたいにパラメーターが伸びたり、新しい技を覚えたりするイメージで使われている気がする。けど、現実の1人称の成長って、経験を重ねて自信はつくけど、パラメーター自体は伸びないし、新しい技を覚えるわけでもない。ただただ「経験値が溜まる」だけで、レベルアップはない。
それどころか、年を重ねることでパラメーターは徐々に下がり、できないことが増えていくのが現実。
経験値は溜まり自信はつくけど、レベルアップはなく、できないことが徐々に増えていく。だから、「これって成長してなくね?」と思った。
時間短縮は果たして成長なのか
また、1人称の成長って「時間をかければできていたことが、短い時間でできるようになった」という場合が多い気がする。勉強であれば時間をかければ解ける問題を試験時間内で解けるようになったり、仕事でも時間をかければできることを短い時間でこなせるようになると、成長を実感する。
けど、それは最初から時間をかければできたことであり、最初から倒せる敵を時間をかけて倒したって話で、成長なのか?って考えると疑問。
唯一成長を実感できる「熟練度とクオリティ」
1人称の成長とは経験を重ね、熟練度やクオリティを上げる事なのかもしれない。
素人と玄人が時間をかけていいとして作品を作った時、玄人のクオリティを越えることはない。なぜなら、経験値と熟練度に大きく違いがあるから。漫画を描いてて思うが、最初と今では大きくクオリティが異なる。素人がいくら時間をかけたとしても、クオリティという面でプロには勝てない。
なので、1人称の成長とは経験を重ね熟練度やクオリティを上げることであって、パラメータを上げたりや新しい技を覚える訳ではないのだと思う。
熟練度の向上は「成長」なのか?
なんでこの話題が気になったかと言うと、4月になると新卒社会人のニュースなどで「成長」という言葉がちょいちょい出てくるから。
僕自身、仕事でできることは年々増えている感覚はあるけど、別にパラメーターが伸びたり、新しいスキルが身についている感覚はない。経験値が溜まることで「新しいこと」や「やったことがないこと」に対する自信はつくが、時間をかければできることばかりで、「果たして成長しているのか?」と疑問に感じた。
けど、熟練度やクオリティという点で見れば、確かに素人とは違う。経験を重ねて、色々なことに配慮をしながら作っている。なので、クオリティは高く、見ればプロの仕事だとわかるのだから、それは「成長」なのだと思う。
成長の正体は「信用」の獲得
1人称の成長に関しては、熟練度やクオリティくらいしか成長する余地はない気がする。経験を重ね、熟練度やクオリティを上げることで目的地に早くたどり着けるようになる。時間をかければ誰でもそこにはたどり着けるかもしれないが、制限時間内に一定のクオリティでたどり着こうとすると、どうしても熟練度が必要になる。
そう考えると、成長とは「信用」とも言えるのかもしれない。クオリティの高いものを作れれば信用になるし、経験を重ねることで時間内に確実に納品してくれるのも信用だ。「成長=自信」ではなく、「成長=熟練度=信用=自信」と考えると納得がいく。
しかし、新卒社会人はゲームと同じ感覚で成長を捉えている気がする。また、自分にとって都合のよい「成長」を頭に描いているようにも見える。これは、働いたことがない人特有の問題かもしれない。働いたことがない人はゲームの主人公のように自分を中心に考えるが、働くというのは他人のためにする行為であり、信用を得ることこそが成長。勘違いしている面はあるような気がする。
また、学生時代は身長が伸びたり、体格が良くなったりと常に成長しできなかったことがどんどんできるようになっていた。いわば「3人称の成長」をしていたわけで、社会人になってもゲームのような3人称の成長が続くと錯覚したとしてもおかしい話ではない。だからこそ、そのギャップにやられてしまう新卒が多いのかもしれないと思った。
終わりに
10代の頃は間違いなくゲームのような成長をしていたんだと思う。けど、そういうゲームのような成長は10代で終わり、20代以降はその成長しきったスペックを使って乗り切るしかないんだと思う。あるいは、仕事などで経験を積み、熟練度を伸ばして信用を得るための成長へとシフトする。
ゲームで言うなら、10代までが「パラメーターが上がり新しい技を覚える成長」で、20代以降は「仕事などで熟練度を上げる成長」。ただ、熟練度はその環境に特化したものなので、他にはあまり使い道がないスキルという側面もある。
結局のところ、人生はスペックゲームなのかもしれない。体格が良いからスポーツをするし、頭が良いから勉強をするし、手先が器用だから絵を描く。初期パラメーターが高い、成長率が高ければ、そういう目的を持って熟練度を上げるための行動ができる。低いとそういう行動をする理由がないから、何年も同じことをして熟練度を上げるような受け身の成長しかできない。スペックゲーが現実だと考えると、色々と納得がいく。
まとめたけど、わっかり辛いわ。なんだろうなぁ。マジで、なんとなく「成長ってなんだろう?」って気になったから書き出したけど、思ったより深くて溺れそう。とりあえず、パラメータが伸びているわけではないってのは間違いないと思うけど、筋力のパラメータは伸ばせるんだよね。唯一伸ばせるパラメータなんじゃないかって思う。だから、筋トレする人が多いいのかもしれない。とりあえず、そんな感じ。書き出したいことは書き出せたしさっさとリリースするかなぁ。