日記

思っている以上に緊張して疲れている説

GW明けから謎の疲労が続いており、自分が思っている以上に疲れているのではないかと思ったので書き出し。

我慢が疲労の根本原因

以前、疲労について言語化して考えた結果、根本的な原因は「我慢」にあるとわかった。
僕は毎日のように人の目がある環境に行き、緊張感の中で作業をしている。その環境に行くこと自体が我慢であり、さらに周囲に迷惑をかけないよう行動を抑制し、同じ姿勢を続けたりトイレを我慢したりと、常に自分を抑え込んでいる。
だからこそ疲れるのは理解できるのだが、この「我慢」が、僕が自覚している以上の深刻な疲労を生んでいるのではないかと考えた。

日常に潜む「無意識の我慢」

たとえば、日常生活の些細な行動にも我慢は潜んでいる。朝、アラームが鳴って眠気を我慢して起きる。本当はゲームをしたいのに、睡眠不足を回避するために我慢して寝る。平日になれば、本当は自宅で過ごしたいのに我慢して外に出る。
こうした当たり前のように行っている我慢が蓄積しているとすれば、僕自身が認識している以上に、心身は我慢を強いられているはず。

本来、そういった社会生活における我慢は休日を使って帳尻を合わせる。しかし、僕にはその帳尻を合わせるための休日がない。休日には普段できない別の作業を入れてしまうため、そこでも自然と「無意識の我慢」をしてしまっている。当たり前になりすぎていて気付かない「認識外の我慢」が、想像以上の疲労を引き起こしている可能性がある。

我慢を認識したことによる不調

ここ最近の謎の体調不良は、「我慢をすると疲労が溜まる」と気づいた直後から続いている。そのため、「我慢している事実」を明確に認識してしまったこと自体が問題なのかもしれない。
病気だと診断されると途端に無理ができなくなるように、「我慢」を意識したせいで無意識にそれを避けようと振る舞い、かえってこれまでの行動のバランスが崩れてしまった結果、体調不良を起こしている可能性がある。

対処法と改善

ではどうすればいいかというと、意識的に我慢を減らす選択をするしかないと思う。
人間には「楽をする(エネルギーを温存する)」という本能的な機能があるが、僕はその本能を抑え込みすぎている。無意識に当たり前のように我慢を重ね、自覚できない疲労を溜め込んで調子を崩しているのだから、あえて「意識的に我慢をしない」という行動をとる必要があるのだと思った。

終わりに

僕が我慢をしすぎているのは間違いない。それは「苦労をした方が得」という考えから来ている。現代は安全で食べ物(エネルギー)にも困らないため、本能である「楽をする機能」を抑え込んででも、苦労して経験を積んだ方が得だと考えて行動し続けてきた。しかし、本能に逆らい続ければ、当然疲労は限界に達する。

書いていて思ったが、不必要な我慢はすべきではないのだろう。「苦労をした方が得」という考え自体は正しいが、それは「目的を達成するための苦労」に限った話。何でもかんでも我慢すればいいわけではない。
たとえば、家族の介護に多くの時間を取られるような「他から強いられる苦労」は、決して得にはならない。自分が設定した目的のために、自分自身に「強いる苦労」だけが、得になる苦労なのだと思う。

最後に、ここ最近ずっと続いていた体調不良についてだが、一応解消はされた。全く腑に落ちないのだが、ゲームをクリアしたら改善された。
これもまた、「我慢」の延長線上にあるのかもしれない。僕は買ったゲームは基本的にクリアして「やり切った」という達成感を得てきたため、「未クリアの状態」が、僕が思っている以上に強い我慢(ストレス)になっていたのだと思う。
本当に腑に落ちない部分もあるが、まだまだ自分の知らない「無意識の構造」があると思うと、人間は奥が深い。

文章間の繋がりが気になったからAIに修正してもらったらニュアンスが消えた。なんか僕個人が話をしている悩んでいるみたいなニュアンスが消えて、読み物化した。僕としては別にそれでもいいんだけど、日記という形でやっているのに、僕がそこにはいないってのは違和感。けど、僕がそこにいるとまとまらないんだよねー。文章に関してもそのうち言語化してみようかなぁ。何を見て文章を理解しているのか?単語だけを並べて理解できるのか?みたいな感じで言語化できそう。とりあえず、リリースす。

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