日記

お腹が減ったら家に帰る

最近、外で作業をしていてお腹が減ったら一度自宅に帰って夕飯を食べるってやつを試しているんだけど、これがなんか割と良い感じだったのが気になったので書き出し。

夕飯での一時帰宅によるリセット効果

何が良かったかというと、夕飯を食べるために一度自宅に帰ることで緊張がリセットされる感じが良かった。普段コワーキングスペースで作業をしていて、そのコワーキングスペースで集中的に作業をして、夕飯を食べに帰るとそこで緊張が一度解ける。その後、もう一度外に作業をしに行くと良い感じで緊張が緩和されている感じが良かった。

満腹感と世間一般的な食事時間のメリット

また、リラックスしているような感覚が良かった。一度自宅に帰り飯を食べることで、満腹状態で作業に向かうわけだけど、その道中に「行きたくない」などというネガティブな感情は薄く、「お腹がいっぱい」という感じでリラックス状態で作業しにいける感じがよかった。

さらに、夕飯は普段作業を終えた深夜に食べるが、世間一般的な夕飯時に食べるというのも後ろめたさを感じさせず良かったのかもしれない。健康的って感じ。

外食気分と気分転換

それ以外に、少し外食に近い感覚があった気がする。普段は数時間経った冷めた夕飯をレンチンして食べるが、出来立ての料理を食べられるって体験が外食のような感覚を感じさせたんだと思う。そういう点では、普段しないような贅沢をしたわけで、よい気分転換になった面もあるのかなぁって思った。

疲労回復への効果はあったのか?

じゃあ、具体的な効果はあったのか?って考えると、これはわからないんだよなぁ。1週間試してみた感じ、週末に向かって疲労(ストレス)は溜まり続けてる感覚はあるし、大きな変化はない。
ただ、これをしたことで減っているストレスもある気がしていて、微々たる変化はあった気がするけど、大きなストレスによってかき消されて認識出来ないって感じ。

とはいえ、お腹が減って飯を食べに自宅に帰るって行動自体がリラックスしているから起きているわけで、こうやってお腹が減って自宅に帰るってことは緊張ではなくリラックスが優勢という証明だから別にいいのかなとも思う。

なんか8月末に大きな問題を潰したらストレスが減って、やたらとお腹が減るようになったから今回のような問題が起きた。なので、こうやってお腹が減って自宅に帰るって行為をし続けている限りはリラックスしているってことになるって感じ。

「深夜に食べる後ろめたさ」の解消

出来立ての料理を食べられることでの気分転換、満腹状態のリラックス、深夜に食べないことによる後ろめたさのなさ。これらによって削られたストレスもあるんだろうけど、クリティカルな対処方法ではなく、焼け石に水のような対処方法なのかなぁって印象かな。

ただ、小休止的な役割にはなっているのは間違いない。学校の授業で休み時間があるかないかだとやっぱり疲労感が違うわけで、そういう違いは間違い無くあると思う。たぶん、そういう休み時間がなく授業をぶっ通しで受けることに慣れてしまっているのが問題なんだと思う。作業を一度始めたら本当に何時間も作業し続けちゃうわけだし。そういう無理を食い止めるって意味でお腹が減ったら帰るってのは有用だと思う。

終わりに

んー、お腹が減ったから一度自宅に帰るってのは、小休止や余計なストレスを生まないためには重要だけど、義務的に「お腹が減ったから帰る」って行動をするほどではない、その時々で帰る帰らないを自由に選択してもいいって感じのレベルかなぁって印象。

一応、言語化した理由としては何か隠れたメッセージ的なモノがある可能性があったから。8月末、環境をやたらと変えたがる僕がいて、それはコワーキングスペースでの電球がストレスってわかったわけだけど、「お腹が減ったから帰る」にもそういう隠れた問題があるんじゃないかって書き出したけどなさそう。まぁ、あると言えばあって、漫画の作業がストレスって感じだと思う。夕飯食べたら漫画の方の作業をしにいく予定だったし。漫画の作業の前に小休止を挟むって目的というか、一度リセットする的なニュアンスは若干入ってた気はする。

最近の考えごとのテーマが週末の疲労なんだけど、抽象的過ぎて掴めないから、こういうちょっとした気付きでも言語化しないと材料が足りないって感じてる。マジで掴みきれない。周りから崩さないと駄目って感じ。ただ、やっぱり漫画による疲労なんじゃないかって気がするんだよなぁ。同時にこんなに漫画で疲れるか?とも感じる。どうなんだろう?むずい…。

Leave a Comment

入力エリアすべてが必須項目です。メールアドレスが公開されることはありません。

内容をご確認の上、送信してください。

CAPTCHA