何で疲れるのか?
緊張で自律神経がバキバキで疲労がモリモリ溜まるんだけど、なんで疲労が溜まるのか?ってのが気になったので書き出し。
疲労の主な原因は「酸素不足」と「脳の消費」
まず、疲労が溜まるのは緊張で溜まるってのは間違いないと思う。これは学生時代や社会人通して共通している。集団の中で変な事や失敗をしないように気を張って生活しているから週末になると疲れていたりする。そして、緊張すると呼吸が浅くなり取り込む酸素量が減ったりするわけで、週末に向かうに連れて酸欠のような状況になるのだから、そりゃ疲れる。
じゃあ、常にリラックス状態で取り込む酸素量が同じなら疲れないのか?というと、疲れる気がする。これは頭を使えば疲れるという話。夏休みに何もしなければ疲れないが、自宅で夏休みの宿題などをすると疲労は感じる。十分な酸素を取り入れたとしても、頭を使えば疲れると思う。
それなら、リラックスした状態で十分な酸素量を取り込み、頭を使わなければ疲れないのか?
これは疲れない気がする。夏休みに宿題をせずにダラダラ過ごしてた時に疲れを感じた記憶はないし、テスト期間や繫忙期と比べ、閑散期などには疲れずに一日を終えることができた経験から、頭を使わなければ疲れないんだと思う。
なので、酸素量の低下と集中(緊張)、そして脳の消費が疲労の主な原因なのかなぁって思う。
深呼吸の本当の目的は「リラックス」
ただ、酸素を十分に取り込んだとして、消費された酸素を排出する必要があると思うんだよね。そして、それは睡眠の時に行われているイメージ。十分な睡眠が取れなければ、酸素を取り込んだとしても消費された酸素(仮に二酸化炭素)が排出されなかったりするんじゃないかって思った。
例えば、短い睡眠時間で1週間を過ごした時、過去の経験から頭が回らないって現象が発生した。それがなぜ起きるかというと、二酸化炭素が溜まって目詰まりを起こしているような気がする。体内に貯蔵できる量には限りがあって、睡眠時間が短ければ排出される二酸化炭素が詰まり、新しい酸素を脳に送ることができない。そんなに単純な話ではないとは思うんだけど、睡眠時間が明らかに脳の回転具合に影響を与える点からそう感じる。
ということは、睡眠は大事なんだろうけど、睡眠時の呼吸ってゆっくりで浅い気がする。意識して行う深呼吸ほど深くはない。けど、そんな睡眠を経ると元気になるってことから、睡眠が大事ってのは間違いないんだと思う。
だとすると何が元気になる原因なのか?って考えると、リラックスした状態になることなのかなぁ?睡眠時ってそもそも脱力し、リラックスしている。睡眠時間(リラックスしている時間)が短ければ短いほど不調なのだから、リラックスしているかどうかが重要なんじゃないか?
そう考えると、週明けから週末にかけての疲労は緊張しているからで、リラックスしていないから疲れると言えるし、特に違和感ない。また、過去に深呼吸を心掛けると1週間元気だった経験があるけど、そもそも深呼吸を意識して出来る程度には余裕があったわけで、リラックス状態だったから元気だったとも言えるわけで、酸素を取り込むことよりリラックスすることの方が大事だと考える方がしっくりくる。
リラックスと緊張(集中)の相反関係
回復するのはリラックスしているかどうかが重要ってのは正しそう。じゃあ、疲れるのはリラックスしていないからか?リラックスしていないからだと思う。学校にしろ職場にしろ人間関係は基本疲れる。仲の良い友達とかでもずっと一緒にいると疲れる気がする。そのことから、自分以外の他人とある程度の連続する期間接し続けるというのは基本疲れるんだと思う。
そして、この疲労は緊張なんだと思う。何か失敗しないように緊張感を持って気を付けて行動(集中)をし続けることで溜まるんだと思う。
僕も、仕事が無くても外で人の目がある環境で集中して日記を書いててもちゃんと疲れるわけで、リラックスの真逆である緊張状態にいる限り、確実に疲労は溜まるんだと思う。
リラックスの度合いと「現実逃避」
疲労に度合いが存在するんだけど、リラックスにも度合いが存在するのだろうか?
疲労に関しては、テスト期間や納期が迫っているといつもより緊張感を持って作業するから疲れるわけだけど、リラックスにもめっちゃリラックスできるとか、そんなできないとかあるのかなぁ?
考え方的にはあると思うんだけど、リラックスの中にある「現実逃避」が気になる。例えば、リラックスするため、全力で休むために娯楽施設や海外に行きますといった行動を取る時って、全力で現実から逃げるって側面がある気がするんだよなぁ。何か不安があって、その不安から逃げるためにそういう行動を取ってない?って部分が気になる。
若ければ先のことを考えない、就職先とかこの先やりたいこととか後悔しないための行動をとるってのが怠い、先のことは未来の自分に任せるって感じの現実逃避が入っている気がする。というのも、小学生のころから「将来の夢」みたいに教育で先のことを強制的に意識をされて来ているし、遊ぶということがその将来の夢に繋がらないということは理解しているわけで、全力で遊ぶことが良いことなのか?って自問自答をした時に、「もっといい時間の使い方あるよね?」って考えてしまう気がする。
そういう現実から逃げるために全力でリラックスする(休む)ってのがあって、純粋なリラックス、純粋な休みではなく、現実から逃げるための休息って側面が混じっている気がするんだよなぁ。だから、リラックスの度合い以前に、純粋なリラックス(休息)がとれてないんじゃないか?って気がする。
仮に、純粋なリラックス(休息)に度合いがあるのか?って考えると、それはあると思う。普段、都会に住んでいる人が、田舎の自然豊かな別荘なんかで休めばリラックス効果は通常時よりも高いと思う。だから、リラックスに度合いはあると思う。というか、これも現実逃避だなぁ。田舎に行くことで、物理的に騒音や他人という都会の喧騒から逃げる現実逃避だもんなぁ。
そう考えると、度合いというか、リラックスする際に邪魔が入るか入らないかが度合いを左右しているのかもしれない。長時間リラックス状態で一度も緊張状態にならないってのがリラックスの度合いって事になるなぁ。
あーこの考え方は合っている気がする。少し前に、自宅は実家なので親にリラックス状態を邪魔される感覚があって、コンテナホテル利用すること考えた。それであれば100%邪魔されないわけだし。考え方としては合ってたのか。
疲労が取れる条件と睡眠の関係
んー書いている感じ、リラックス状態でいられれば疲労は取れるけど、純粋なリラックス状態で居続けることは難しいのかもしれない。少しでも不安を感じたり、思い出した途端に緊張状態になったりするわけで、そのタイミングでリラックス状態が解除されてしまい、疲労が蓄積されるって感じなんだと思う。
でも、緊張状態になっただけでは疲労はたまらないと思う。緊張状態になるかつ、頭を使うから疲れるんだと思う。実際、休みの日に仕事のことを考えたりすると緊張して、休み明けにどうしようみたいに考えだすわけで、緊張状態の時というのは同時に頭が働いてる状態だから疲れるのか。
そう考えると、寝ている時に疲労が取れるのも説明がつく気がする。寝ているわけで頭が動いてないし。夢を見たりすることはあるわけだけど、それはレム睡眠(浅い睡眠)だし、深い睡眠を取れれば目覚めも良かったりするわけで、「リラックス状態=頭を使ってない状態」だから元気になる。そして、「緊張状態=頭を使っている状態」だから疲れる。これな気がする。
「作業したくない」感覚とエネルギー
少し話は逸れるけど、「今日は作業したくない」って感じる時があるんだけど、これは何か?作業をしたくないと感じたとしても、作業を始めればいつも通り作業が出来てしまう。そのことから、頭の疲労ではないんだよなぁ。
緊張状態が続くことで、自律神経がおかしくなっていると考えると納得なんだけど、自律神経という存在が物理的に認識ができないから、なんか腑に落ちない。けど、「作業したくない」って感じる。しかも、それは正しくて、無理したら過去に体が動かなくなった。なので、正しいんだよね。
風邪って考えると納得出来そうかも。無理しすぎて抵抗が弱くなって風邪を引いた。でも、風邪だったら頭がそもそも回らない。「行きたくない」って感じるだけで、ピンポイント過ぎるんだよなぁ。それ以外の問題が発生してないのが問題。でも、集中力は間違いなく元気な時と比べると落ちているわけで、緊張状態(集中力)が続かない。
もう少し掘り下げると、周りが気になるってのはあるんだよなぁ。敏感になり過ぎてるって感じ。で、全方位に集中力を割いてしまっているという、出力がおかしくなっているって考えると納得かも。
「作業をしたくない」って状態は、集中力の出力方向をしぼれなくなっているから起きてるって考えると結構腑に落ちるなぁ。子供で「習い事に行きたくない」ってのも同じなのかなぁ?同じかもしれないなぁ。そろばんだったらそろばんだけに集中できれば問題ないんだけど、周りの生徒や先生など他の要素に集中力を割く、警戒をしてしまって疲れる、めっちゃ疲れるから「行きたくない」だもんよ。会社も淡々と仕事できれば問題ないけど、人間関係とか集中する先が多数あるせいで「行きたくない」だもんなぁ。
で、疲労は緊張で、緊張すると集中し出して頭が動いちゃう。エネルギーが消費されるわけで、生存本能的にエネルギーがあちこちから漏れているわけだからそりゃ「行きたくない」。エネルギーが無駄に漏れているから行きたくないのか。で、休むことで漏れを無くす。あーこれかもしんない。エネルギーが漏れているってのはあるわ。
とは言え、現代ってエネルギーが漏れても補充は簡単だと思うんだよなぁ。昔って食うものが少なかったから、エネルギーを温存する、楽をするって機能を人間は身に着けたわけだけど、今の時代は食うものに困らない飽食の時代。そう分かっているから無茶をしているんだけど、補充が追いついてない?補充が追いついてないってのが正解かもしれない。けど、頭の方は普通に回ったりするんだよね。んーこれは別でまとめる必要あるかも。とりあえず、ここまで書き出せたということでヨシとすべきかも。
終わりに
とりあえず、頭を使うか使わないかが疲労を生むトリガーくさいなぁ。
これ、集中し辛い自宅で書いているんだけど、思った以上に集中できて、答えまで導き出せて驚いた。
驚いた理由としては、集中するための力の出所。外で作業をすると外からの力を使って集中するけど、自宅で作業をすると内側から力を捻り出して集中するって感じで集中の仕方が違うのが気になった。普段、外で作業をしているのもあって、自宅で集中する方がより深く思考の海に潜れる感覚があったんだよなぁ。実際に差があるのかなぁ?感覚的にはありそうな気はするんだけど、気のせいの可能性もありそう。また、最近日記の書き方が変わっているってのもあって、その辺が関係しているって感じもあるんだよなぁ。なのでわからないって感じ。
あーでも、明確に違う点がある。日記を書く時に口に出しながら書いてた。口に出しながら書くと視覚と聴覚で思考できるから深く潜れるのかもしれない。これかなぁ。単純計算で情報量が2倍になるし、普段しないことなので新鮮さ、リフレッシュ感もある。だから、より深く潜れる感覚があったとすると納得かも。まぁ、効率は自宅だと明らかに悪いから、基本は外で作業をして、疲労が溜まったら自宅で口ずさみながら言語化って感じで、ケースバイケースで使い分けるのが良さそうかなぁって印象。
ちょいまとめきれんかった。でも、こういうのが日記だよなぁって感じる。今までがおかしいとすら感じるんだよなぁ。とりあえず、リリースして別の日記で言語化進めようと思う。