メンタル疲労ってメンタルの疲労じゃない?
ちょっと気になったんだけど、リラックスしているとお腹が減ったり甘いものを欲しくなるみたいな性質があるのかなぁって感じたので書き出し。
リラックスと食欲・甘いモノの関係
ちょいちょいお腹が減ったり、甘いものを欲するタイミングがあるんだよなぁ。それがどういう時なのか?って考えると、リラックスしている時なんじゃないかって思う。
例えば、自宅に帰ったらランニングするんだけど、月曜日はやたらとお腹が減って(食欲に負けて)走らないことがあったりする。また、作業が終わった帰りに買い物をするんだけど、買う気が無いのにケーキに目が移り甘いモノが欲しくなったりする。
という感じで、リラックスしているとお腹が減ったり、甘いモノが欲しくなる経験があって、そういう性質はあるんじゃないかって思った。
メンタル疲労を防ぐための「リラックス」観測
一般論的には、この考え方は合っている気がする。
なんでこれが気になったのか?って言うと、リラックスしているかどうかってのを認識できると、メンタル疲労を減らせるんじゃないかって思ったから。というのも、僕の日常の疲労ってのが大体メンタル疲労で、メンタル疲労は休む(リラックスする)と回復する。じゃあ、毎日リラックスして作業ができれば疲れないんじゃね?って思ったから。
なので、リラックスしているかどうかを観測する上で、お腹が減ったり、甘いモノを欲しくなるって部分が使えるんじゃないかって思った。
ネカフェでの実体験
この日記は2泊3日のプチ旅行をした(ガッツリ休んだ)翌日の土曜日にネカフェで書いているんだけど、リラックスしているからか甘い飲み物を飲んだり、クッキーを食べたりする僕がいる。普段と比べると、ドリンクバーで甘い飲み物を飲む回数が多かったり、トイレに行く回数が多い。なので、今の僕はリラックスしているんだと思う。
メンタル疲労の正体は「一点の限界」?
ただ、6時間くらいぶっ通しで作業をしてたら、「帰りたい」って僕が出てきた。少し前にも「頭が疲れるのか?」って実験で9時間ぶっ通しで作業をしてみたけど、その時も6時間くらいで「帰りたい」って感じるようになった。
今回はその時と違って、2泊3日旅館でしっかりと休んだからわかるんだけど、なんか同じ体勢で作業をし続けたことで、首周りが緊張している。で、その緊張や姿勢に飽き(疲れ)、ストレスを感じ、メンタル疲労が溜まっているって感覚がある。
ただ、その首周りの違和感に目を瞑ると普通に作業ができるし、お腹が減ったり、甘いモノを欲する僕がいる。それ以外は元気という感覚。
それで思った。メンタル疲労ってのはメンタルという抽象的なモノを指すのではなく、首など何か一点を指している疲労なんじゃないか?
今回で言えば、同じ姿勢で作業をし続けることで首周りが緊張して疲れているけど、それ以外の体や頭は別に疲れていない。「メンタルが疲れたから帰りたい」じゃなくて「首が疲れたから帰りたい」って感じで、何か一点の限界をメンタル疲労と呼んでいる可能性があるんじゃないかって感じ。
「一点」を改善すればエンドレスで作業できる説
今までは、漠然と「(メンタルが)疲れた」と感じていたけど、その疲労感には明確な原因がある。同じ姿勢で居続けるから疲れたというように、変化のない状態が続くことで一点が緊張したり飽きたりすることで感じる疲労感を「(メンタルが)疲れた」と称している気がする。
なので、首が緊張するのが問題であれば、首が緊張しないように作業をすれば「疲れた」とは感じないんじゃないか?
正しい気はする。また、その「疲れた」の基準が「一番疲れている要素を参照する」気がする。
人間は「やらない理由」を探す生き物
というのも、人間ってエネルギーを温存する「楽をする」って機能があって、「やらない理由を探す」って性質がある気がしている。首が疲れてなくても腰が疲れているなら「疲れた」って言うし、腰を対策したとしても同じ作業を続けたことで飽きたから「疲れた」って言うって感じで、「やらない理由を探している」気がする。
だから、もし疲れない様にしようと思うと、全てに注意を割く必要があって、満遍なく全てに注意を割き続けることで「疲れた」ってなる可能性もあるわけで、キリがないんじゃないかって思った。
試しに、ストレッチをして首周りの張りを緩和し、答えがない考えごと(自問自答)の言語化に疲れて「帰りたい」と感じたから漫画の方の作業をするようにしたら、帰りたいという感覚は薄まった。という具合に、参照先をずらせばメンタル疲労を下げることは可能なのかなぁとは思う。
思い通りにならないストレスと胸焼け
その後、9時間作業をした翌日の日曜日。なんかメンタル疲労が溜まっている感覚を感じた。間違い無く9時間作業をしたせいで、体の内側に違和感を感じる。ストレスを感じ、胃がむかむかするような感覚に近い、胸焼けって感じ?たぶん、「帰りたい」って感じたのに「帰れない」って思い通りにならないことでのストレスが原因だと思う。
「こうしたい(帰りたい)」って感じ、「そうすることができない(帰れない)」ってなったらもうストレス(疲労)は溜まってしまうっぽいな。じゃあ、メンタル疲労ってのはストレスなのかなぁ?以前、メンタルが「休みたい」って感じているのに「休めない」ってなるとストレスを感じるって書いた。メンタル疲労があってのストレスで、ストレスがあってのメンタル疲労ではないと考えた。
メンタル疲労を感じたから、日曜日に胸焼けのようなストレスによる症状が起きている。メンタル疲労を感じなければこのストレスによる胸焼けも起きてないわけで、如何に「したくない」「やりたくない」などを感じさせないかが大事ってことかもしれない。なんというか、メンタルが「疲れた」って感じた時点でストレスが発生してしまうから「疲れた」と感じちゃ駄目って話。
メンタル疲労を完封できる「ゲーム状態」
で、メンタル疲労を完封することは可能だと考えている。というのも、ゲームをしていて疲れるってことはないから。ゲームであれば同じ姿勢でしていても、緊張してないから体が痛くなるとかないし、「もう帰りたい(辞めたい)」と感じず、むしろ「まだ帰りたくない(辞めたくない)」って感じる。メンタルが疲れるってことはなく、次の日にストレスで胸焼けも感じない。だから、ゲームと同じ状態を作れれば、メンタル疲労は完封できるんだと思う。
「できる」状態を作れば疲れない
じゃあ、具体的にどうすればゲームと同じ状態を作れるか?これは「できる」ようにするしか無いのかなぁって思った。結局のところ「できない」から「帰りたい」とか感じるのであって、「できる」のであればずっと続けられる。
ゲームは誰にでも「できる」ように設計されてて、現実と比べて思い通りになるから楽しいけど、現実世界がゲームのように思い通りになるのであれば、ゲームはしない。仕事が楽しいなら土日休みなく仕事を続けるし、絵を描くのが楽しいなら四六時中絵を描き続けるって感じで、「できる」ことでは疲れない。疲れるのは「できない」ことをしているから。
これは間違い無いと思う。だから、如何に「できる」ようにするか?ってのが疲れないためには必要なんだと思う。
理想と現実のズレを埋める
じゃあ、どうすればいいのか?理想と現実のズレを無くすしか無い気がする。結局のところ「できる(理想)」と「できない(現実)」に乖離があって、そのズレを埋めるために集中(緊張)して作業し、エネルギーを使うから本能が「やりたくない」って感じでブレーキをかける。そのブレーキがメンタル疲労だから、「できる」ようにするしかないのかなぁって思う。
それ以外だと、帰りたいって理由を減らすことかな。首が痛いから帰りたい、腰が痛いから帰りたいみたいな物理的な疲労を潰す。また、作業をしていて行き詰まったなら、別の作業をすることで意識を逸らすって感じで、メンタルが「疲れた」と感じないように調整する。
って感じで、疲れないための対処が必要なんだと思う。
脱力、深呼吸、そして「瞑想」の効果
対処方法で、脱力とか深呼吸ってのを試してみたんだけど、効果あるのか気になった。
土曜日に9時間作業をして、日曜日に胸焼けのような症状が発生したんだけど、最初はストレスじゃなくてメンタルが疲れていると思ってたから、それを緩和するために脱力とか深呼吸を試したんだよね。効果あるのかなぁ?
メンタルの疲労って「やりたくない」ってブレーキがかかると溜まるし、緊張し出したりするんだけど、脱力とか深呼吸って効果あるのかなぁ?なんとなくだけど、瞑想なんかも同じ部類な気がするけど、瞑想ってなんか効果ある感じがある。というのも、背筋を伸ばして座り、目を瞑って何も考えないって日常生活にはないから。横になって目を瞑るのは睡眠って形であるんだけど、瞑想って非日常行為なんだよね。意図的に「何もしない」って行動を取っているわけで、「何もしない」って行動が疑似的な「リラックス状態」を作っている感じがある気がする。
逆に脱力とか深呼吸ってのは、「力をいれない」「呼吸のリズムを変える」って感じで何かをしている感じがある。なんというか、「意識して行動している」って感じがある(瞑想は「意識して何も行動をしない」って感じ)。瞑想してみるか?
作業中にリラックスを取り入れるには
仮に瞑想するとして、どうするのがいいんだろう?自宅に帰って瞑想することで落ち着かせる?でも、作業中にメンタルの疲労を感じたら、その時点でストレスというのが溜まってたりするわけだから、作業中にしないといけないんじゃないか?なんか仮眠と同じな気がするから仮眠でいいんじゃないか?ちょい答え出ないわ。
「やりたくない」の正体は「遠くを見すぎている」こと
少し話が変わるけど、朝起きて逆立ちチェックや夜帰ってきてランニングするんだけど、メンタル疲労が溜まっていると「やりたくない」って感じる。筋トレの翌日とかは筋肉が疲れているからやりたくないってのはわかるんだけど、それ以外の日の「やりたくない」ってなんだろう?
気づかずに何か疲労が溜まっているって事なんだとは思う。同じ毎日を送って飽きている(疲れている)ってのはあるかも?また、同じ1週間が始まる的な感じで、変化がないから疲れている?
少し前になんかやたらと次の日が楽しみって現象が発生したんだよなぁ。見返してきたら漫画の方で変化があったからだわ。なので、漫画の方で疲れていることで「やりたくない」はありそう。実際、上手く行かないって現象が続いているわけで、そういう上手く行ってない事で疲れてる。
あーだからかな?漫画って理想があるんだけど、その理想まで行くのに時間がかかるって感覚がずっとあるんだよね。で、そういう遠くを見ることが問題なのかもしれない。けど、今までの僕は一歩ずつ確実に前に進んでいるわけで、別に遠くを見なくても遅かれ早かれそこにはたどり着く。だから目の前だけをみて、遠くを見なくていいんじゃないか?って考えるがそれができないから、こうやって疲れているんだよなぁ。
終わりに
この日記もなんかニュアンスで掴むことしかできないから文章としては微妙だわ。けど、掘り下げても「これが正解」って感じで出せる気はしないからリリースするかなぁ。抽象的過ぎて掴み切れない。
最初は「リラックスしている時ってお腹が減ったり、甘いモノが欲しくなるんじゃないか?」って所から始まったけど、着地としては「遠くの理想や上手く行く姿を見ていることが原因で疲れている」。そういう時にはお腹が減らないし、甘いモノが欲しくはならないって感じかな。
遠くを見れば見るほど身構えて緊張をして、食欲が落ちたり、甘いモノが欲しくなくなるって感じ。落ち込んだり、テンションが下がるからかな?ただ、こうやって言語化したことで幾分か緩和されるんじゃないかな?根本的な疲労の原因は漫画臭いんだけど、その漫画の方も徐々に上手く行くようになってきているから今回の言語化合わせてその内解決する気がする。
長いからリリースす。この文量を何度も修正するのは無理。