日記

リラックスする方法

どうすれば疲労を溜めずに済むのか気になったので書き出し。

同じ状態の継続がストレスを生む

別の日記で書いていてわかったんだけど、同じ状態がある程度の期間続くと飽きによるストレスが溜まるみたい。例えば、同じ環境で作業をし続けたり、同じ作業をずっと続けたり、同じ体勢で作業を続けたり、同じ毎日を続けているとストレスが溜まる。
そして、そういったストレスが溜まると体の方に少しずつ異常やズレを発生させて、週末の疲労を形成したりするっぽい。

ただ、休日休むとそういった疲労は回復する。それはリラックスしているから。じゃあ、平日の間に同じようにリラックスすれば週末に疲労が溜まらないんじゃないって思った。

人生という長いスパンでの不可逆なストレス

それを考える上で気になっているのが、人生という長いスパンで見るとストレスを避けるの無理くね?って点。というのも、人生を通して同じ仕事を続けたり、同じ毎日を続けたり、年を取れば取るほど「若さ」という絶対的な価値は失われたり、体力や出来ることも減ったり、あの時こうしておけば良かったと後悔したりとシンプルにストレスが溜まるから。

仮にリラックスする方法を見つけたとしても、そういう長期的なストレスには対処できないんじゃないか?ストレスからは逃れられないんじゃないかって思ったが、これに関しては現状ないから無視でいいかも。現状あるのは、休めば回復する週末の疲労。人生におけるストレスはなさそうだし無視。

交感神経の興奮と睡眠の浅さ

とりあえず、週末に向かって溜まる疲労はなんとかしたいので考える。
まず、ストレスを感じると筋肉が緊張状態になったりして、睡眠が浅くなるみたいな現象が良く起きる。また、睡眠が浅くなると睡眠が浅い事に対してストレスを感じ、筋肉が緊張状態になってetc…って感じの負のループが発生するからこれをまず防ぎたい。試行錯誤する感じ、物理的な対処方法があんまり効かない。

寝る前に必ずストレッチをするんだけど、そのストレッチで一時的にほぐせたとしても、寝てる間に筋肉が緊張し出す。なんでだろう?って考えると、日中の緊張や集中で交感神経が興奮状態(心が緊張している状態)になってて、それはストレッチだと解除できないからなのかなぁって思う。

ただ、その心の疲れは大体1日休めば回復する。この「なんで休むと回復するのか?」って部分を言語化できれば、平日に心のストレッチができ、週末になっても疲れないで済むんじゃないかって思った。

平日と休日の違いは「効率」と「人の目」

まず、平日と休日で何が違うか?人がいるかいないかって違いはある。平日は人がいる外で集中して同じ姿勢・作業を長時間続ける。だから、ストレスを感じて疲れる。
休日のように自宅であれば、作業をしたとしてもちょくちょく休む。長時間同じ状態を続けないから疲れない。

休日にはストレスが溜まるような行動をしてないから疲れない。じゃあ、平日にも同じようにストレスが溜まらないように作業をすればいいじゃん!って思うんだけど、ダラダラと作業をすることになって効率が悪く、それはそれでストレスになる。

問題は、ストレスを感じるまで長時間同じ状態でい続けることなのかなぁって思うんだけど、これに関してはどうしようもない気がする。ある程度長時間それと向き合わないと解決できない問題があるからそうしているわけで、ストレスを感じそうだからと途中で辞めると解決できないって問題が起きる。同じ状態でい続けることでのストレスは仕方ないと割り切る必要はある。

しなければいけないのは、避けられないストレスを次の日に持ち込まずにその日で解消する方法。いかにリラックスするか、効率的に回復する方法が必要。

「何もしない」と意識しないことの難しさ

外で作業をしていると「無理をしている」って自覚はあるんだけど、これは効率のことを考えると仕方ない。じゃあ、効率的にリラックスする方法は「リラックスしている」と自覚することか?

過去に「リラックスしている」って感じた経験って、直近のサウナくらいな気がする。あとは体が動かなくなった2連休。ただ、どちらも休日だし、疲労のピークだったし、普段しない行動をしたことで「リラックスしている」と感じたって感じで、なんか違う気がする。

けど、どちらも「何もしていない」んだよなぁ。サウナは物理的に何もできないし、2連休で動かないのも限界で何もできなかった。休日に回復するのも、普段と比べると「何もしていない」から回復する。だから、「何もしていない=リラックスしている」って話なのかもしれない。

じゃあ、食事でリラックスできるのってなんだろう?食事ってなんかリラックスする感じあるんだよなぁ。食べる以外に何もできないとか?あー「後ろめたさ」の有無はあるかもしれない。サウナとかも疲労のピークで仕方なかったし、食事も必要不可欠。反面、ゲームとかは後ろめたさがある。何かしないといけないことを放ってゲームをするわけだからリラックスできない。

そう考えると、リラックスするためには後ろめたさがなく「何もしない」ってことなのかもしれない。もう少し言うと、「何もしなくてもいい」って大義名分が必要なのかもしれない。
実際、週休1日なのでその1日に休むことには後ろめたさがない。その日にゲームをしたとしても後ろめたさはない。だって、そこで休まないと壊れるから。

なので、平日に「何もしなくてもいい」状態を作れれば、リラックスすることができて、疲労が溜まらないんじゃないか?

日常のルーティンに奪われる「余裕」

「何もしなくてもいい」状態がリラックスする上で重要ってのはある気がする。休日に飯を食べて風呂から出た後の余暇は「何もしなくてもいい」から気持ちが良かったりする気がする。

実際、平日の夜中に自宅に帰ったら「風呂に入らないと」「寝るための準備(ストレッチとか)をしないと」って感じで時間に追われ、リラックスとは程遠い気がする。
とはいえ、自宅に帰ってからそれら行動をするまでにダラダラしたりするんだけど、それも結構リラックスしている感じはあるんだよなぁ。これは効果がないってことなのか?効果はあるが、その後に控えている「風呂に入らないと」「寝るための準備(ストレッチとか)をしないと」によって焦っているのが問題なのかもしれない。

諸々のしなければいけない行動が終わった余裕がある状態でダラダラするのであればリラックスできるが、しなければいけない行動が残っている状態でのダラダラは問題の先送りでしかなく、後悔というストレスを発生させるから良くないのかもしれない。実際、ダラダラ(リラックス)してからの後悔(ストレス)で「早く寝ないと」って感じで一日の終わりがストレスで終わるもんなぁ。こういうストレスが週末の疲労を作っている面は確かにある気がする。

試しに、自宅に帰って風呂に入っている時に深呼吸をするってのを試しているんだけど、週明けは余裕があるからできるんだけど、週末は疲労が溜まっているのもあってしづらいって感じる。
過去に「深呼吸をするから元気なんじゃなくて、元気だから深呼吸ができる」って考えたが、正にそれな気がする。

なんというか、「リラックスをする」って行動も週明けはしやすいが週末になるとできない。疲労が溜まるのも「リラックスをする」という行動が週末に向けて取れなくなっているからで、根本の問題を解決しないと、「リラックスをする」って行動自体が取れないからそりゃ溜まるのかなぁって思った。あくまでも「リラックスをする」は対処療法の域を出ないのかなって感じ。

終わりに

わからん!抽象的過ぎてマジでむっずい。
色々と試行錯誤をしているんだけど、疲労の認識自体がかなり難しいし、見えないし、週末になってくれないと判断がつかないし、体調が悪かったりと色々な要素が絡んでくるからデータが取りづらいって感じでマジでムズイ。

現状、効果が一番ありそうなのが、さっさと風呂に入って何もしないってこと。週末に疲労が蓄積している感じがあって、どうやったら無くせるんかなぁって考えながら、湯船に浸かって目を閉じて首や頭周りの気になる部分をマッサージしてた。気になるところを無心でマッサージしてたんだけど、それがなんかしっくりきた。その後も動画は流さずに音楽だけでストレッチしてたら良い感じで寝れた。
ただ、それをした翌日疲労が蓄積していたんだよね。でも、後ろめたさはなかった気がする。特に、動画を再生しないとか漫画を読まずに、ストレッチなど寝るための準備をしたのは結構よかった気がする。「早く寝ないと」って後悔や焦りがなかった。そのことから後ろめたさがないってのはかなり重要そう。

ただ、少し前の週末や休日にメッチャダラダラと夜更かしをして動画やゲームしてたけど、元気になっていたんだよなぁ。早く寝ればよかったって後悔があったのに元気だった。限界まで起きてて、気絶するように寝たことで図らずも深く寝れたってことなんかなぁ?こういう例もあるからわっかんねぇんだよなぁ。そういう時ってマジで何も考えてないから考えないのが大事だったりするんかなぁ?わからん!

この辺の問題は少しづつ掘り下げるしかねぇわ。ってことでリリースす。

Leave a Comment

入力エリアすべてが必須項目です。メールアドレスが公開されることはありません。

内容をご確認の上、送信してください。

CAPTCHA