日記

休むか休まないか?

休むか休まないかって問答を続けてきたけど、休むしかなさそうなので書き出し。

休まずに疲労を弱めることはできるか?

週6で外で作業をしているんだけど、疲労が溜まって作業に支障が出てる。なので、この疲労を”休まずに”なんとか弱められないだろうか?って感じで試行錯誤をしている。けど、なんか無理そう。

休日に休めば回復することから、休日と同じようにリラックスすれば回復すると思い、平日に試行錯誤してたんだけど、どうにも休日みたいな時間的な「余裕」が無いとそもそもリラックスできなさそう。物理的に休みや半休を取るしか休む方法が無さそうなので、それがなんでかって気になった。

理性と本能の摩擦が生む「無意識のストレス」

まず、なんで疲れるのか?疲労の正体は本能の疲労なんじゃないかって考えてる。
なぜそう考えるかと言うと、「休みたい本能」に反して「作業をしたい理性」を優先した結果疲労が溜まるから。

普段僕は外で作業をしている。それは効率的だから。けど、それによって長時間緊張にさらされて疲労が溜まる。その状態が本能的に良くないから本能は「休みたい」と叫ぶが、理性は効率を求め外で作業をし続ける。という具合に、本能と理性が異なる方向を向いてることで疲弊しているのが今。
だから、疲労の正体は本能の疲労で、理性に従って外で作業をしているから疲労が溜まってる。それに対しての対処方法は自宅でリラックスする、余裕を持つことが大事って感じ。

自宅での作業と「余裕」の違い

けど、自宅で休んでたとしても少しでも隙を見せると理性が作業をしようとし始める。だから完全には休まらないのだけど、自宅には緊張が無くそもそも集中し辛い。無理をすることはできず、疲労を感じたら集中が途切れ、ダラダラとリラックスする。自宅ではそもそも無理ができないから余裕をもって作業をすることができるので、たとえ作業をしたとしても大して疲れない。

自宅での作業は無理のないペースで、外での作業は滅茶苦茶無理をしているってことなんだと思う。実際、効率は倍以上違う。自宅では余裕をもって作業をしていて、外ではその余裕を削って作業をするから効率的だが疲れる。余裕がないのだから、リラックスや休むことはできない。なので、そりゃ疲れるって話なのかなぁって思う。

生存本能が活力を奪うメカニズム

疲れが溜まると下半身の方が元気がなくなったりと性欲が減衰する気がする。で、休むと下半身が元気になったりするという感じで「疲労=下半身」って連動している気がする。

なんで連動しているんだろうか?って考えると、人間という種の生存本能なんじゃないかって思う。というのも、ストレスって「できない」から感じるもので、他と比べて「劣っている」状態を指す。人間という種が生き残ろうと思うと劣った個体より優秀な個体が子孫を残した方が良いわけで、種の生存本能が性欲を減衰させて子孫を残さないようにしているんじゃないかって考えると合理的。

だから、下半身は疲労のバロメーターとして機能しているんじゃないかって思った。

性欲と環境への適応力

実際、若い頃は性欲があるけど、年取ると性欲が湧かないってのも劣っている状態(慢性的なストレス状態)になるからだと思う。けど、劣っていない個体は年をとっても性欲が旺盛。

で、ここでの劣ってる劣ってないの基準というのは、環境に適応できているかどうかって話で、年をとっても環境に適応できている(と感じている)人は性欲が旺盛だし、若い人で適応できてない個体は性欲が希薄(な気がする)。

ただ、ニートなんかは性欲が旺盛だったりする。優秀かどうかじゃなくて、「余裕があるかどうか」って部分が環境に適応できている、優秀かどうかの判断基準になっているのかもしれない。

人間が自分に向いていることを探そうとするのも、余裕をもってできる何かを探すという生存本能による行動なのかなぁって思った。

向いていないことを続ける疲弊

で、僕は向いていないことをやっている。言語化とか漫画を描くという向いてないこと、余裕がないことをしているから生存本能が疲弊する。生存本能が「こいつは子孫を残すべきではない」って感じで生きるための活力を奪ってるんじゃないかって思う。だから、物理的に休まないと回復しない。だって、余裕がないから。これが疲労の原因な気がする。

なぜ「今」疲労のピークが来ているのか

とはいえ、なんで今そのピークが来ているのかって話なんだよなぁ。
以前と比べるとそもそも休まないし、余裕がないってのは間違いないんだけど、前から週6で作業をし続けているし、僕自身の行動には変化がない。だから、なんで?って感じ。

たぶん、漫画なんだよなぁ。去年も明確に漫画で疲労が溜まり2連休取らざるを得なかった。漫画が原因ってのは間違いない。で、その漫画の何がそこまで疲れさせているか?って考えると、1つの話に時間をかけすぎているって部分だと思う。

というのも、去年も自主連載の作品の1話に1年くらいかけて描いたら疲労で潰れたし、今年も3月から読み切り漫画を描き続けてて、8月末に潰れた。それは、終わりがないから。去年は2週間で1ページを20ページ、今年は1週間で1ページを44ページという感じで、常に納期に追われているような状態になっている。1ページ終わったら休みじゃなくて、次のページが始まるという感じで、余裕がない。勉強でも仕事でもそれらに追われ続けてたら休まらない、余裕がない状態が続くから本能が常に緊張し、疲弊し続け、その疲労のピークがたまたま今来ているだけなんじゃないかって思う。

終わりに

普段感じている疲労が本能による疲労ってのはあってる気がする。だって、体の方はずっと元気なんだもん。それなのに、疲労(活力)と性欲は連動して元気が無くなる。「種としての生存本能」が余裕のない今の僕から子孫を残さないように活力を奪ってるとすると色々と説明がつく。
余裕のない個体が子孫を残すと人間という種が環境に適応できなくて滅んじゃうから、そういう個体は子孫を残さないように活力を奪う必要がある。なので「疲労=淘汰の対象」って考え方もできるのかなぁって思った。

とはいえ、現代って劣った個体でも生活保護というセーフティネットがあるわけで子孫を残せてしまう。反面、社会で頑張ってる個体は余裕が無くて子孫を残せない。環境に適応できてない個体が子孫を残せて、適応している個体が残せないってシステムになってる面がある気がする。少し前に平等って人間に合ってないシステムなんじゃね?って考えたが、人間という種にとって良くないのかもしれない。まぁ、余裕がないって点で、環境に適応できてない(劣ってる)わけだから子孫を残せないのは正常だけど、その層が一番多い層な気がしていて、上の優秀な個体と下の働けないガチ無能が子孫を残して、一番多い真ん中の個体が子孫を残せないって謎な構造になってるのは気になる。なんか余裕がある現代ならではの社会実験のようなことをしているのかなぁって思った。

そういえば、人類って世界中に存在してて、地域ごとに特徴がある。例えば、アフリカ人の筋肉は凄いみたいな特徴があるけど、これもそういう環境に適応した結果そうなって、環境に適応できない個体が各地に散らばったって話なんかな?現代で言うなら田舎に適応できないから東京に行くって感じ。仮にその田舎で年収1000万稼げてるなら東京に出ない。じゃあ、東京に出るのはそういう劣った個体なのかって言うとそうではない。田舎に適応できないって点では劣ってるが、あくまで1つの面でしかない。学生時代に勉強はできないけど、スポーツはできるという具合に、1つの面でその個体が劣ってる劣ってないって判断はできない。アフリカ人が筋肉が凄いもそういう1つの面でしかないのかなって考えると、野生動物と戦うために筋肉が必要だったという環境に適応した結果なだけな話なのかもしれない。天敵がいないから飛ばなくなった鳥、カカポみたいなのがいるわけだし、アフリカでは筋肉が必要だったけど、他の地域では筋肉はそこまで必要なかったってだけな気がする。

んーちょっと頭が痛い。こんな感じで話を広げるとまとまらなくなるからこの辺でいいや。とりあえず、書きたいことは書き出せたと思う。とりあえず、疲労は生存本能が「こいつは子孫を残さないように活力を奪ってやるぜ」って感じで疲れさせてるから、言語化や漫画を「できる」ようにしてストレスを感じないようにするしか疲労を軽減する方法はなさそう。また、ダメなら休むしかないわ。って感じ。

今回も時間がかかった。最近抽象的な内容が多すぎて数日程度だとまとまらないわ。最低でも1週間以上は向き合い続けないと駄目そう。疲れた。

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